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2016年3月1日 42号 〜心から心へ

 

命より大切なもの

卒業式の式辞は、簡単な箇条書きペーパーをもとに、語りかけました。
 
今ここに、できる限り当日の言葉を思い出しながら、再現してみます。


 一人ひとり名前を呼ばれ、「はい」という返事をして卒業証書を授与された皆さん、「卒業おめでとうございます」。保護者の皆さまにも、心からお祝いを申し上げます。今年も多くのご来賓がご臨席のもとで、このように厳かな卒業式が行われる喜びをかみしめております。

本校に着任して卒業生を送るのは8回目です。今回で、創立来4744人の卒業生が巣立っていきます。これは、2008年に着任してから出会った731人の生徒の顔写真入りの名簿です。私の「お宝」です。本校にはよく卒業生が訪ねて来るのですが、残念なことに、とっさに名前が浮かばない機会が増えてきました。年をとる悲しみなのでしょうね。その時は、すぐに校長室に戻り、カバンからこの名簿を取り出し、名前を確認してから、卒業生に挨拶をするように心がけてきました。

それにしても、皆さんと「サビエル高等学校」で出会ったということは、なんという不思議さ、神秘なのでしょうか。世界人口72億人、日本だけでも12700万人もいるなかで、さらには、たくさんの高校があるなかで、本校を選び、入学し、皆さまと出会えたことは、どうしても人間業には思えないのです。どなたかが、見えない糸で引き寄せてくださったにちがいないと確信しています。それが、うれしくて、いや、うれしいばかりでなく、驚きを含めて心から感謝しているのです。

生徒ばかりではありません。皆さんの保護者、シスター、教職員、事務の方々、それに寮の食堂で美味しい食事を作ってくださっている寮母の方々との出会いは、忘れがたい大きなお恵みです。また、中学校での説明会で出会った生徒の皆さんや、塾の先生方など、この8年間で、どれだけたくさんの人々に出会う喜びを味わってきたことでしょう。

ところで、これは、7年分の「校長通信」ですが、毎年の式辞を読み返してみますと、何か物足りません。納得できないもどかしさを感じるのは、なぜか。それは、最も本質的なことがらについて、話してこなかったからです。

今朝は、3月というのに、大雪です。葉っぱをすっかり落とした枝が、雪帽子をかぶっています。

寒いだろうに、彼らは、ひと言も文句を言わない。黙って寒さに耐え、夏の暑さにも我慢し、しっかりと根をはり、太陽の光をあび、ときに雨にうるおされ、秋には見事なグラデーションを見せてくれます。その一葉一葉が、一人ひとりの生徒と重なって映る、本校の原風景・・。

今日あなたは雪空を見上げましたか。空は、遠かったですか。近かったですか。雪はどんな形をしていましたか。風はどんなにおいがしましたか。3年間あなた方を迎え、見送ってくれた坂道沿いのアメリカカエデに、今朝挨拶をしましたか。


毎日は、新しい始まりの日。いい一日が集まって、いい一年になる。

あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。この3年間で、いい一日とはどんな日でしたか。

本校を卒業する今日という日は、今までで一番いい日ですか。


あなたがたが生まれたときの、ご両親の笑顔を想像したことがありますか。

「ありがとう」という言葉を今日 口にしましたか。何歳のときの自分が好きですか。

「美しい」と、あなたがためらわずに言えるものは何ですか。

あなたにとって「わたしたち」というのは、だれですか。

じっと目をつぶる。すると何が見えてきますか。耳を澄ますと、何が聞こえてきますか。

誰かのために、何かのために、真剣に祈ったことがありますか。手を合わせたことがありますか。


311日、あの日を境にして何もかもが変わってしまったような気がする」、という言葉が傷みます。

想像を絶する被害をもたらした東日本大震災。あれから5年が経ちますが、現実感がついていきません。

幸いにも、テレビで流れた一編の詩が胸にしみ、人々の心を打ちました。記憶に新しいことです。

 

 

      「こころ」は だれにも 見えないけれど 「こころづかい」は 見える。

 

      「思い」は 見えないけれど 「思いやり」は だれにでも 見える。

 

それは、ジングルベルを作詞した宮澤章二さんの『行為の意味 青春前期の君たちに』からの引用でした。

こうした思いを、星野富広さんは、「いのちより大切なもの」という詩で表現したのです。


   いのちが一番大切だと 思っていたころ 生きるのが 苦しかった

   いのちより 大切なものが あると知った日 生きているのが 嬉しかった


「いのちが一番大切だ」と思っていたとき、多くのいのちが濁流に飲まれ、流されていきました。

「いのちが一番大切だとしたら、健康で長く生きることだけが価値ある人生だとしたら、生きるのは、あまりにも悲しくて苦しい連続ではないでしょうか」。

悲しみに沈む人たちを残して、あのいのちたちは、どこへ行ったのでしょう。かれらは、自分のいのちより大切なものに向かって行ったにちがいありません。命を与えてくださった方のもとへ、帰って行かれたのです。

遺伝子の仕組み、DNAを鑑定することによって、真実が解明できるなんて、つい半世紀前までは、想像すらできないことでした。人類は、遺伝子暗号を解読できたと有頂天になっていますが、もっと驚くべきことは、「それを書いた方がおられる」ということです。これ以上の奇跡は、ないでしょう。「思い」や「こころ」とおなじように、「目には見えない神の働き」にこそ注目をし、価値を見いだす人生を歩んでほしいのです。目に見えること、データ化できることにしか、価値を見いださない浅はかで儚い人生を歩んではならない。目には見えない、けれども私たちに命を与え、考える力を与え、人を愛する歓びと人と神を信じる静けさをお与えくださった偉大な方にこそ信頼して生きていきましょう。それ以上に力強い味方はないし、それ以上の喜びもないからです。こうした生きかたこそ、本校が今も、今までも、もっとも大切にしてきた信念であるということを、餞のことばとして贈ります。


重ねて伝えます。「いのちより大切なもの」、それは、いのちを与えてくださった神の存在です。

キリストの言葉。「求めよ、さらば与えられん。探せ、さらば見出さん。叩け、さらば開かれん」。

ご両親を通して命をさずかり、神の導きでサビエルに入学し、サビエルで新たに生まれ、育ち、そして、今日、サビエルを巣立っていく卒業生と保護者の皆さまに、聖書の最後のことばを結びとして贈ります。

アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みがあなたがた一同とともにありますように。

 

201631日          サビエル高等学校 校長 栗田 陽二郎

 

 















































































 

カテゴリー: 校長通信
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